二本の鳥が示すもの――『空の青さを知る人よ』に登場する楽器について思うこと

【簡単な前置き】

 本日11月11日は、並んだ4つの「1」が4本の弦に見えるということで「ベースの日」になっています。

 なにかしら「ベースの日」にちなんだ更新を、と思い、昨年ベースが登場する劇場用アニメ『空の青さを知る人よ』を観たときに書いたまま眠らせていた文章を一部手直しして載せることにしました。

 この映画の関連書籍やスタッフインタビューなどにはほとんど目を通していないので、すでにどこかで語られている話題だったらすみません。

 では、以下から本文です。

 

二本の鳥が示すもの

『空の青さを知る人よ』は、2019年に公開された劇場用アニメだ。
 舞台は埼玉県の秩父をモデルとした町。毎日ベース演奏に励む女子高生のあおい、あおいの姉で役所に勤めるあかね、かつてのあかねの恋人で演歌歌手のバックバンドとして高校卒業以来13年ぶりに町に戻ってきた慎之介=通称・しんの、そしてあおいの前に現れた高校時代のしんのの3人(4人)を中心に、ファンタジックな展開も交えた物語が綴られていく。
 この作品を鑑賞したとき、劇中に登場するベースやギター、アンプなどの楽器類が、メーカーのロゴまでそのままなほど写実的に描かれていることに驚いた。さらに驚いたのは、その綿密な楽器の設定が、作品の中でしっかりと役割を持っているように感じられたことだった。

 ヒロインのあおいが劇中で使用するベースは、エピフォン(Epiphone)というメーカーのサンダーバードThunderbird)という楽器だ。サンダーバードはいくつかバリエーションがあるが、あおいの愛器はThunderbird Proというモデルである。映画公開時点では楽器店で見かけることも多かったし*1、店頭価格5〜6万円なので高校生が持つ楽器という設定にあっている。

 このあおいの愛器の製造元であるエピフォンは、もともとは独立した楽器メーカーだったが、ある時期からは大手楽器メーカー・ギブソンGibson)の傘下となっており、現在はエピフォン独自のモデルのほか、ギブソンのギターやベースの廉価版を製造するブランドとして知られている。サンダーバードも、もともとはギブソンのベースだ。

 そのギブソンの楽器も『空の青さを知る人よ』に登場している。上京したもののミュージシャンとして成功できず大物歌手のバックバンドをやっている慎之介が、バンドを組んでいた高校生時代に使っていたギターがギブソンのファイヤーバード(Firebird)なのだ。ファイヤーバードもバリエーションが多いが、しんのが使っていたのはファイヤーバード・スタジオというモデル。製造が始まったのは2000年代前半でしんのの高校生時代という年代に合っているし、新品価格が10万円台とギブソンの楽器の中では低価格だったので、高校生のしんのが持っているのも不自然ではない。

 さて、サンダーバードとファイヤーバードという名前で気づく人もいるかもしれないが、この二者は兄弟モデルというか、ファイヤーバードのベース版がサンダーバードというような関係で、形状も似ている。
つまり、あおいとしんのはベースとギターという違いはあるが、同じ系列のメーカーの、ごく近いモデルを使っているのだ。

 あおいは、まだ幼かったころ姉と一緒にしんの達のバンドの練習を見ているうちにベースに興味を持ち、のちに自らベースを手にしたという動機が劇中で示されている。
 だが、高校時代のしんの達のバンドのベーシストが使っていたのはサンダーバードではない。またサンダーバードは決してベースとして一般的なモデルとは言えない。少なくとも、楽器店の店員が初心者に勧めるようなベースではないだろう。あおいが単に「ベースに」興味を持っていたのなら、サンダーバードは選ばないはずだ。あおいは、おそらく「あえて」しんのが使っていたギターと似たベースを選んでいるのだ。
 あおいがしんのに対してどんな感情を抱いているかは、劇中でも描かれている。だが、高校生になったあおいがサンダーバードを選んでいることが、その描写以上に、あおいのしんのへの深く、簡単には説明できない感情を示しているように思えるのだ。


 映画の中では、サンダーバードとファイヤーバードの関係は説明されていないし、楽器が意味を持つような描写、たとえば慎之介があおいのサンダーバードを見てなにかに気づくとか、あるいはあおい自身が自分がサンダーバードを選んだ理由を考えるといったような場面もない。だから、ここまで書いたことは私の考えすぎたことかもしれない。
 ただたとえそうであったとしても、私にとって楽器、特にベースやギターというのは、音楽を奏でる道具であると同時に、こんな想像を掻き立てられる存在でもあるのだ。

 


映画『空の青さを知る人よ』予告【10月11日(金)公開】

 

 

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*1:2020年にエピフォンの製品ラインナップに大きな変更があり、Thunderbird Proはカタログ外となり店頭でも見かけなくなった