『のぼる小寺さん』の〈見る〉と〈触れる〉

【ちょっとした前置き】

工藤遥さん主演の映画『のぼる小寺さん』を鑑賞したあとに考えたことを書いてみました。

最初はどこか別の場所に載せようかと思っていたのですが(だから文体がいつもと違う)、あんまりここを放置するのもと思いここに載せることにしました。

映画の内容にラストも含めて思いっきり触れてますので映画を未見の方は読まないのがおすすめ。

では、このあとから本文です。

 

 

 

『のぼる小寺さん』の〈見る〉と〈触れる〉

 ひたむきにボルダリングに打ち込む高校生女子・小寺さんを主人公にした映画『のぼる小寺さん』。この映画は〈見る〉ことと〈触れる〉ことについての映画だと捉えることができるかもしれない。

 映画では冒頭から〈見る〉という行為が強調されている。物語のもうひとりの主人公である卓球部の男子・近藤は、体育館で練習する小寺さんをずっと見ており、そのことを周囲に指摘されたりしている。
 近藤だけでなく主要なキャラクターの多くが、小寺さんが練習する姿や練習で荒れた小寺さんの手のひらを〈見る〉のをきっかけに小寺さんに惹きつけられ、やがてそれぞれの目標を見出していく。「小寺さんを見てると」といったセリフも何度か登場する。
 進路調査書を白紙で提出するような、漠然と日々を過ごしていた登場人物たちが、小寺さんを〈見る〉ことで変わっていく。この映画はそういう物語といえる。
 では〈見られる〉存在である小寺さんの側を考えてみるとどうだろう。
 小寺さんは〈見られる〉ことに無自覚なキャラクターとして描かれている。他人の視線を意識しないとも言える。だから小寺さんは、練習用ウォールの具合をたしかめるために制服のままでウォールを登ってしまうし、ラーメンを食べるとき椅子の上に脚を上げて先輩に行儀が悪いと注意されたりする。
 だがそんな小寺さんは、映画の中のある時点で〈見られる〉ことを意識しだす。
 カメラ好きの女子生徒・田崎は、ひそかに小寺さんの写真や動画を隠し撮りしていた。田崎が撮った練習中の自分の動画をたまたま目にした小寺さんは、自分がイメージ通りにクライミングできていないことを知り、田崎に練習を撮影してほしいと頼む。他者の視点によって得られるものがあることに、小寺さんは気づくのだ。
 近藤や田崎たち周囲の登場人物たちが物語を通して明確に変わっていく中で、小寺さんはただひたすらボルダリングに一生懸命な存在のまま、映画のラストまで変わっていないようにも見える。しかし、実は小寺さんも他人に〈見られる〉ことで築かれる関係を知り、変わっているのではないか。
 映画のラストで小寺さんに告白をする近藤が、自分のことを見てほしいと告げるのは、この流れを踏まえると実に自然だ。

 

 もうひとつ、映画『のぼる小寺さん』では〈触れる〉ことが慎重に描かれているように感じる。
 小寺さんと同じクライミング部の男子部員・四条が、勝手にウォールに登ろうとする生徒を止めようとして揉める場面がある。このとき、その場に居合わせた近藤は、心配そうに四条に声をかけるものの、四条に手を差し伸べたりはせず見ているだけである。ここで近藤と四条の間にあるのは〈見る〉〈見られる〉関係なのだ。その近藤と四条は、文化祭の準備をする中で自然に互いの心境を明かし、このとき四条は近藤に〈触れる〉。
 また、文化祭の最中に四条がある女子生徒と付き合っていることが明らかになるのだが、回想で描かれる告白場面で、その女子生徒が四条に告げているのは「ずっと見てました」という言葉だ。この時点での四条とその女子生徒の間にある関係も〈見る〉〈見られる〉なのだ。それがすでに付き合いはじめている文化祭中の場面になると、その女子生徒は別れ際に四条に〈触れる〉。
 近藤と四条も、四条と女子生徒も、その間に築かれたつよい関係を表現するときに〈触れる〉という行動が使われているように思える。
 映画の中で、小寺さんが誰かに〈触れる〉場面は少ない。派手目な女子生徒・倉田にネイルをしてもらう場面で小寺さんと倉田はお互いの手に触れているが、これはネイルをするというちょっと特殊なシチュエーションだ。
 だからといって小寺さんが〈触れる〉関係と無縁なのかというと、そんなことはない。小寺さんは岩場でクライミングするときに「岩さん、よろしくお願いします」と岩に抱きつくし、練習で日々ウォールに触れている。小寺さんは、ほかならぬボルダリングそのものと、つよい関係を築いている。

 

 映画のラストで近藤に告白された小寺さんは、近藤と背中合わせになり、もたれかかるようにして近藤に〈触れる〉。

 いままで見られることを意識せず、登る先だけを見て、ボルダリングだけに触れてきた小寺さんは、見られることを意識し、誰かを見て、触れる関係を、まだぎこちないけれど築きはじめようとしている。物語のラストは、そんな小寺さんのスタートだ。

 

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